ここでは私の「食」に関するこだわりを書いてあります。
 私は讃岐生まれのせいか特に麺類にこだわりがあり、また仕事で食品会社の仕事もやっていますので各種の食材に出会う機会が多くあります。そんな私が今までに体験したことから、各種思うことをとりとめも無く書いてみます。

うどんについて そばについて
パスタについて 肉について
魚介類について 酒類について
果物について 男の手料理

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「食」に関するいろんな情報のサイトを集めてみました。



うどんについて

 私は香川県生まれで高校までは香川県に住んでいた。また父の仕事の関係で県内のあちこちを転勤しまくっていた。そんな私が大好きなのはやはりうどんである。

 そもそもうどんの代名詞としてまで言われている讃岐うどんとはどういうものであろうか。
 香川県には「讃岐三白」と言われている昔からの名産がある。それは「綿」と「小麦」と現在でも京菓子等で珍重されている和三盆と呼ばれる「砂糖」である。
 「綿」はとうの昔にすたれてしまっているが、「砂糖」は現在でも少量ながら生産されていて、「小麦」は私の子供の頃はまだ裏作として多く生産されていたが、現在はほとんど生産されなくなってしまったようである。
 讃岐うどんとはその良質の小麦を使用し、手でこねて作ったコシの強いものを言うものである。
 「手打ち」についても、本来は日本のどこでももともとはうどんは手打ちであったが、戦後に非衛生的ということで全国的に製造禁止になったらしい。ただ香川県だけはそれまでの特産物として難をのがれ、製造を継続出来たらしい。そのため手打ちうどん=讃岐うどんの図式が出来たわけである。
 ただ香川県でも現在は本当の手打ちはうどん専門店のものくらいで、普通に売っているうどんや土産用のうどんはすべて機械打ちになってしまっている。ただ機械打ちと言っても、かなり以前から手打ち風の機械が出来て、本物の手打ちに近い味・コシを出せるようになっている。
 また十数年前から原料の讃岐産の小麦がほとんど生産されなくなり、やもえなく輸入の小麦を使用しているのが現実である。

 私が一番美味いと記憶しているうどんは、現在はどうなっているか分からないが、JR高松駅構内にあった立ち食いのうどんである。高校の頃で値段は当時50円くらいであったと記憶しているが、通学の途中よく立ち寄って食べたものである。
 最近は用事で香川県へ行った時に必ず立ち寄るのは、国道11号線沿いの大川郡志度町の峠の上にある「源内」である。他にも新しい店・有名な店も増えてきているが、どうももうひとつ美味い店が少ない。特に最近の高級な構えをした店などはあまり美味く感じられない。

 うどんの中で一番美味しいのは「きつねうどん」と「わかめうどん」である。甘辛く味付けした油揚げはうどんにぴったりの具である。また鳴門に近いせいか鳴門のしっかりしたわかめの入ったうどんも格別である。「てんぷらうどん」や「肉うどん」などは邪道である。本当に美味いうどんの場合、それらはうどんの味をこわしてしまう。

 家庭で食べる美味いうどんを選ぶコツは、冷凍うどんか乾燥うどんを選ぶことである。本来は乾燥うどんの方が美味しいが茹でるタイミング等が難しく、ちょっとしたミスでその味を損なってしまう。冷凍うどんは茹で時間も短くわりと失敗しないようにできている。また味・コシもそのあたりのうどん屋で食べるよりもよっぽど美味く出来ている。そうなったのもこの三〜四年の間で、それまではメーカーによって味も大きく異っていたが、それ以降はメーカーによってもそれほど味は変わらなくなっている。ただお薦めは「加ト吉」と「ニチレイ」である。しかし技術の進歩にも感心するものである。


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そばについて

 私は仕事でけっこう日本のあちこちへ行っているが、残念なことにあまり美味いそばに出会ったことがない。
 唯一美味いと感じたのは兵庫県の出石そばで、生卵と山芋を入れたツユで食べる出石そばは美味であった。
 他のそばはどうも麺と汁のバランスが悪くて、せっかく人に美味いと言われ連れて行ってもらってもあまり口に合わなかった。
 どうもそばの場合、そば自身に味のくせがあるので、うどんになれた私にとってかなり濃い口の味付けでなければ食べ難いようだ。

 その他日本の麺類としてはそうめんもあるが、そうめんは風流は味わえるが少しも食べた気にならず、我が家でも不評である。
 名古屋のきしめんも以前はよく食べたが最近はあまり美味い店が少ないので名古屋へ行っても自然に足が遠のいてしまっている。


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パスタについて
 パスタは私の大好物の一つであるが、これもやはりかなりのイタリア料理専門店へ行かなければ美味いものに出くわす機会が少ない。ちょっとしたレストランなどではとてもパスタと云えた代物ではない。
 ヨーロッパへ行った折などはイタリアが一番楽しみである。パスタの種類は豊富だし、何と言っても美味い。ヨーロッパへ旅行して日本人が一番ほっとするのはイタリア料理を食べたときではなかろうか。

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肉について
 最近は年(?)のせいか肉を食べる量はめっきりと減ってきているが、肉と云えば霜降り、霜降りと云えば和牛である。ただ値段が高すぎてよっぽど何かの折にしか出会うことが無い。
 我が家で日常食べているのはもっぱら輸入肉であり、20数年前、まだ輸入肉の人気の悪かった頃から愛用している。輸入肉は出始めの頃はとにかく安いオーストラリア肉などが出回り、輸入肉は安い・堅い・まずいの評価であったが、実際はその頃からも輸入肉にもいろいろとランクがあり、たまたま業者が安さを前面に打ち出すために一番下の方のランクの肉を市販した結果、そう云う風評が立ってしまったのである。実際はその頃からもレストランなどではすでに輸入肉が使用されていたのである。100g何千円の肉では和牛にかなうものはないが、100g数百円の肉ならば国産の肉より輸入肉の方が価格は半分でしかも肉質は軟らかく、味も肉らしい味がするのである。
 現在はオーストラリア産等の肉でも、日本向けに飼育して柔らかく、かつ安い肉が大量に出回るようになり、一般に使用されるようになっている。

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魚介類について

 日本は魚介類の宝庫である。これほど沢山の種類と量の魚介類を食べる民族は他にいないであろう。また暖流と寒流に挟まれ、四季折々の味が楽しめる幸せな民族でもある。

 魚介類の味を存分に楽しめるのはやはり刺身であろう。新鮮な素材をそのままに味わう最高の食べ方である。
 ただし最近はその新鮮さを楽しむ機会が減ってきている。市場から仕入れてきた新鮮なものをその場でさばいて売ってくれる魚屋がこのところとんと見かけなくなっている。そして買えるのはパックに入った新鮮みの無いスーパーの品物だけである。
 そうなった理由として考えられるのは、大型店の大量進出によって魚屋という職業が成り立たなくなったこと以外に、近海物の魚介類の漁獲量がめっきり減ってきたことにも原因があると思われる。
 漁業資源の枯渇により近海物の漁獲量が減り、それらのものは価格も高くなり市場に廻らず、一部高級な料亭などの店に買い付けられるだけである。そして一般に廻るのは養殖物か遠海で獲れた冷凍物だけである。ただしここで断っておかなければならないのは、決して冷凍物が不味い・悪いと言っているのではなく、冷凍物でも保管・管理次第でその味は保てるのであるが、現実には物流の段階がそれに対応していないから不味くなるのである。またわざわざカットするために冷凍物を解凍したり、オープンの冷凍ケースで販売したりして、無理にその味を悪くしているようなものである。温度管理体制さえ整っていればその鮮度はあまり落ちず、実際かなりのレストランなどでも現実は冷凍物が多く使用されているのである。これからもその傾向はますます強まり、一般の人が美味いものを食べようとすると、よっぽど高い店へ行くか、漁獲地の近くの民宿等へ行って食べるしかないようである。

 食べ物特に魚介類の味はその鮮度によってまったく違ってくる。実際一番美味いものを食べる方法は産地へ行って地元の民宿等で食べる方法である。
 私は何年かに一度都合がつけば京都府の網野町の料理民宿へ行って松葉ガニを食べるのを楽しみにしている。獲れたての松葉ガニを食べる直前に調理して出してくれるので、最高に美味しい。不思議なことに数人で行って宴会などを行うと、最初の頃と宴会の終わりの頃のほんの2時間くらいで味が変わってくるくらい鮮度とは微妙なものである。であるから未練はあるが土産用になどは買ってこない。何時間もかけて持って帰ってもその味は落ちてしまい興醒めするだけである。

 だいたい何の食べ物でもそうであるが、新鮮なものは甘く、良い香りがしてこれぞ・・・・と思うが、市場に廻っているものはどれも鮮度を失い、甘くなく、香りもせず、ただ嫌なくせのあるにおいがするだけとなる。


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酒類について

 酒類については、私は大学の時寮に入ったせいで日本酒から始めたがなぜか20才を越えた(?)あたりから日本酒のにおいが嫌になり、以来洋酒党となっている。ただ日本酒でもいいやつの冷やだけは今でも飲める。今は見かけなくなったが一時凍結酒なるものが売られていたがあれは最高に美味かったと記憶している。大分前にそのメーカー関係の人と話す機会があったが凍結酒の場合、普通よりもかなり良い酒でなければならないし、程良く凍らすためには添加物も入れられないし、そのコスト、また流通段階の問題で広めるには難しかったらしい。

 現在私が愛飲しているのはビールはキリンのラガー、ウィスキーはサントリーのオールドである。私はタバコはハイライトを吸っているが、ビール・ウィスキーも同じで、飲むとき(吸うとき)はクッと来ても後に口の中に嫌なにおいやくせの残るものはあまり好まない。その点ラガーはうってつけであるし、ウィスキーは他に変わるものが無いのでオールドを飲んでいる。スコッチウィスキーやブランディは後に残るのであまり好まない。ただバーボンは美味いと思う。飲むときは独特の香りがするが後に嫌みが残らないのでボトルキープなどの時はバーボンを選んだりする。ただ日本で売られているバーボンは少し値段が高めであるので日常ではオールドに決めている。

 ワインも好きなもののひとつである。酒類を飲み始めた頃は赤が好きであったが、最近はもっぱら白専門である。よく魚料理には赤、肉料理には白とか云われているが、そんなことは気にせずに美味ければ良いと割り切ってしろばかり飲んでいる。
 ただワインほど選ぶのに苦労するものはない。産地、年代などによって味はまったく変わるし、その店の保管状況によっても味は大きく変わる。
 私が日頃選ぶワインはドイツ産が多い。イタリア産もまあまあ良い。スペイン産はいくつか美味いものがあるがそれらは手に入り難くそれ以外はもうひとつである。フランス産は美味いものは美味いが、当たりはずれが多い。シャトーの名前、価格だけでは当てにならず、飲んでみるまでその味は分からない。その点ドイツ産は当たりはずれが少なく、特別高級なものはあまり無いが、値段なりに判断して安心して買える。


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果物について

 果物も最近あまり口にしなくなったものの一つである。
 食べてみても甘くなく、香りもせず、何を食べているのか分からないようなものが多いせいである。
 私は田舎育ちのせいか子供の頃からよく農家の友達の家に行って、自分たちで勝手に果物をちぎって食べていた。ただ勝手にちぎってと云ってもルールはあって、少し傷の入ったもの、ブドウ等で少し粒落ちしているもの、スイカなどは少しヒビの入ったもの、つまり商品として出荷できないものならいくつでも勝手に取っても良かったのである。また時折そういうもので買い物カゴいっぱいにして100円でも払えば持って帰ることも出来た時代である。
 自分たちでちぎったそれらの果物を井戸水で冷やし、そのままむしゃぶりついた思い出はいまだに鮮明に脳裏に焼き付いている。またその果物の甘かったこと、たとえそれが熟する前の青いままのリンゴや桃でも、ちぎりたての果物の甘さは想像出来ないほどである。
 そのような生い立ちを持った私にとって最近の果物は果物とは考えられず、とても口にする気が無くなっている。
 また最近は有料でブドウ狩りやイチゴ狩りを行っている農園も多くなったが、農薬や化学肥料や、また簡単に育つための品種改良等のせいか、そういう場所でちぎりたてを食べてももう一つ美味しいと感じなくなっている。

 その点ヨーロッパの朝市などでは多少ぶかっこうでも新鮮で甘く美味しい果物が売られているのには感心する。何か日本だけが変わってしまったような寂しい思いにかられるものである。


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男の手料理

 私は大学時代最初は寮に住んでいたが、後に下宿に移り食費を少しでも抑えるために出来る限り自炊するようにしていた。(なにせ家からの仕送りがゼロでしたから。)そこで私なりに工夫して出来る限り簡単で、かつ材料費のかからない料理を考案していた。
 まずサバの水煮の缶詰を使用した野菜いため。サバの水煮は缶詰の中でも一番安く、それとキャベツとピーマン、ニンジンをただ単にフライパンでかきまぜて炒めるだけ。結構量も出来て、味付けもこしょうくらいで簡単で、かつ味も結構いけるものであった。
 二つ目はチキンカレー。今はどこのカレーショップへ行ってもチキンカレーはあるが、当時はチキンカレーと云うものは無く、ただ牛肉を買う金が無いから替わりに鶏肉を入れただけのことでこれも私のレパートリーの一つであった。
 あとはインスタントのクリームシチュー。これは現在も売られているが、チキンカレーのカレールーの替わりにクリームシチューの素を入れるだけで簡単に作れた。
 以上が主なものであるが結婚前の家内に以上の手作り料理を作って食べさせたところ、今までにこんなもの食べたことがないと言いながらおいしいおいしいと食べて以来我が家のメニューのひとつになっている。

 結婚以来10年間ほどは料理とは離れていたが、十数年前家内が長期(一年半)入院し、家事の手伝いに母が田舎から出てきてくれていろいろと面倒を見てくれたが、食事の用意にだけは困っていたようであった。なにせこちらは私と育ち盛りの子供が三人で、田舎で年寄り夫婦二人だけで10年以上暮らしていたらなにせ食習慣がまったく違っていて、毎日何を作ったらよいのか思案に暮れていたようであった。そこで私が昔取った杵柄、早く帰れた日は私が夕食の用意をするようにした。
 しかしいざとなったら困ったもので何を作ればよいか私にも分からない。私のレパートリーといっても知れたものである。そこで料理の本を何冊か買い込み、今日はスペアリブ、今日は中華風冷麺とか云う風に努力した次第である。その上、料理経験が少ないものだから、まずは教科書通りと云うことで、何かの道具が必要だったら買って来る、何かのスパイスが必要だったら買って来る、等々で家内が退院して帰ってきた時には台所にあれもこれも道具や香辛料などが増えてしまった次第である。
 よく云われることだが男が料理を始めるととことん凝りだすと云われるのも本当だなと思われる。女の場合は無ければ他のもので代用してしまうが、男の場合は探してもそのものを使用しようとする。そんなところが男の料理と女の料理の違いであろう。
 ただいまだに子供達にパパのあの料理が美味しかったと言われると我ながらうれしいものである。だが正直言ってもう二度としたくないのが本心でもある。


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