鳥獣峡

−現代童話−

 

 私は自分が嫌でたまらなくなった時とか、人間関係や社会に耐えられなくなった時、よく一人で山の奥へ入ります。そして木々にもたれ掛かり小鳥の歌に耳を傾けていると心が清々しくなり、まるで生き返ったような心地になります。それでますます山が自分の故郷のような気がして、時を見つければ山の奥に入っていくようになりました。

 ある日の事です。例の如く生きる事に耐えかねた私は、もう人間社会には戻りたくないと思いながら山の奥へ奥へと進みました。とその時不思議な事に気が付きました。それまで私のまわりでさえずっていた小鳥たちの歌声がどこか違っていたのです。そうです。それはチュッチュッとかいう鳥の鳴き声ではなかったのです。小鳥達は私にもはっきりと分かる人間の言葉で話していたのです。鳥が人間の言葉をしゃべるなんて・・・。でも決してそれは聞き違いではなかったのです。

 小鳥達はそれまで私が聞いた事の無いような美しい声で歌を歌っておりました。確かこんな歌詞だったと思います。

 

  森の奥の我らの故郷

  人間も来ない我らの世界

  光りに溢れ香りが漂う

  森の奥の我らの世界

 

  木々は歌い花も歌う

  風は舞い光りは踊る

  せせらぎも琴を奏で

  美しき調べが森を漂う

 

 その歌を聴いていると、まわりの木も草も光りも風も、みんな踊っているように思えました。いや事実彼等は歌い、彼等は踊っていたのです。優雅に、そして荘厳に。
 歌が止むと話が始まりました。
 私はもうその時にはかなり落ち着き、彼等が一体何をしゃべっているのか興味を持ちました。
 最初に、私の隠れていた茂みからそう離れていない所に立っている大きなモミの木が低い声で言いました。
 「おいペペ。おまえは人間の世界へ行って来たんだろ。俺達に話を聞かせてくれよ。」

 そのモミの木の一番低い枝にとまっていた一羽の雀が返事をしました。
 「ようし。君達はまだ人間を見た事は無いんだね。じゃあ僕が人間について話して上げよう。」
 そう言って彼は他の仲間達が一番良く見えるカシの木の枝に飛び移りました。私はその時小鳥達にもそれぞれ名前があるのかと驚きました。
 彼はゴホンゴホンと二,三度せきをしてからしゃべり始めました。

 「ええ皆様、それでは先日来数日間人間の世界へ参って来ました私めが、つぶさに観察致しましたところの人間なる不思議な動物についてお話させて頂きます。
 まず、私が人間の世界へ参りました折りに仲間は五名いたのでありますが、本日帰って参りましたのは私一人でございます。この事実は何を物語っているのでしょうか。それはつまり人間が大変危険な動物であると云う事でございます。
 ではまずそれから説明致しましょう。最初は私達が森を出ようとした時の事です。突然仲間の内の二名が、羽をばたつかせながら何かに引っかかったのでございます。私は残りの三名に危ないから近づくなと言っておいてから、私一人でそれに近づいて行きました。危ないところでした。私もそれに引っかかりそうになったのです。あわてて飛び退き、今度は慎重に近づいて行きました。それはよく見るとなにやらクモの巣のようなものでした。ですが皆さん良く考えて下さい。例えそれがいくら頑丈に出来ていようと、私達がクモの巣に引っかかるなどとは絶対に考えられない事であります。あれは絶対に人間の仕業に間違いありません。」

 そう言ったとたん、ペペは息を詰めぐったりとしました。まわりで真剣に彼の言葉に耳を傾けていた他の小鳥達はあわてふためいて口々に「どうしたんだ。どうしたんだ。」と叫び出しました。騒ぎが最高潮に達した頃ペペは静かに頭を上げました。そしてみんなが黙ると彼は苦しそうな口調で言葉を続けました。

 「今考えても残念でなりません。私達にはなすすべも無く、泣く泣く彼等を置き去りにするほかどうしようもなかったのです。血を分け合った私達の仲間をですぞ!」

彼は涙を流しました。他の者もそれにつられて涙を流しました。なかにはおいおいと声を出して泣き出す者もありました。私もそれを聞いて涙を流さずにはいられませんでした。 長い間悲しみの時が過ぎました。

 皆が泣きやむのを待って彼は激しい口調でしゃべり出しました。

 「皆様、これもすべて人間のせいなのでありますぞ。あの恐ろしい危険な人間のせいなのでありますぞ。」

 「そうだ。そうだ。」と小鳥達は叫び出しました。その叫びはいつまでも続くように思われました。しかしその時ペペの頭の上の枝にとまっていた小さなメジロが言いました。

 「でもペペ、どうしてそれが人間の仕業だって分かったの?」

 ペペはぎょろりとその小さなメジロを睨み付けこう言いました。
 「それをこれから説明しようとしているんだ、チッチ。私の話を聞くんなら、きちんとみんなのように並んで聞きなさい。」

 「はあい。」と言ってチッチと呼ばれたそのメジロの子は皆のいる方へ飛んで行き、母親らしいメジロの隣にとまりました。

 「では話を続けましょう。」
 ペペはまたせきをゴホンゴホンと二,三度してから話し出しました。
 「かくの如くして仲間と涙の別れをしながらも、私達は旅を続けたのであります。
 次の災難は、何やら黄色く輝くような波のようなものの上を飛んでいた時でありました。その波は見渡す限り続き、よく見ますとそれは枯れた草のようなものがずらりと、数え切れないほど並んでいるものでした。私達がその上を通りかけた時、何かパン、パンと云う音がしまして、次に何かが飛んで来るような音がした途端、私の隣を飛んでました私の恋人のポップが地上へ落ちて行ったのであります。」

 「そいつだ。そいつだ。」突然大きく鳴り響くような声が私のすぐ横でおこりました。びっくりしてよく見てみると、そこには大きなイノシシが横になっていました。彼はのっそり起き上がると、びっこの足を引きずりながらペペの方へ近づいて行きました。
 「そいつなんだ俺の足をこんなにしたのは。俺が一度山のふもと近くまで行った時、突然ズドンというとてつもない大きな音がして、その瞬間俺の足に石のようにちっちゃくて硬いやつが当たったんだ。それ以来このざまさ。」

 ペペはますます激しくしゃべり続けました。
 「皆様、これでよく分かった事でありましょう。あの音をたてて飛ぶ石は、このブッブ氏の足を痛めただけではなく、私の愛する恋人ポップの命さえも奪ったのであります。
 私は彼女の死を嘆き悲しみ彼女の名前を叫び続けました。しかしあの非情な人間どもは今は屍となった彼女の足にひもをくくりつけ、自分の腰のあたりにぶら下げ、それから私達をもその石を打ち出すような筒で狙い出したのであります。私達残された三名は必死に逃げました。もう彼女の死を嘆くどころではありませんでした。
 皆様、まったく人間共は残虐な動物ではありませんか。」

 「そうだ。そうだ。人間は残虐だ。」と他の小鳥達は口々に叫びました。私もそれを聞きながらホロリとせずにはおられず、その残虐な人間の一人である事が恥ずかしく感じました。

 その時またチッチが小さな声で言いました。
 「ねえペペ、それからどうしたの?」

 ペペはうんくさそうな目でチッチを睨み付け、せきをゴホンゴホンと二,三度してから話を続けました。
 「仲間を三名も失いながらも私達残された三名には、人間と云う動物を観察してこなければならないと云う使命がありました。私達は悲しみにも負けず頑張ろうと、お互いを励ましながら旅を続けたのであります。
 そしてとうとう人間のたくさんいる場所にたどり着いたのであります。」

 「うわぁー!」という歓声が小鳥達の間から上がりました。ペペは胸を張りゴホンゴホンとせきをしながら、皆が静かになるのを待っていました。

 「人間の住んでいる場所ってどんな所だい?」
 それまで一番熱心に話を聞いていたスズメの一羽が尋ねました。

 「うん、いい質問です。ではそれについてお答え致しましょう。
 そもそも人間の住んでいる所とは大変奇妙な所であります。あちこちにゴツゴツしたとてつもなく大きな岩みたないなものが並んでいるのであります。そしてその岩のようなものの中では沢山の人間が忙しそうに動き回っているのです。その岩のようなものの間にはこれまた硬い平たい石のようなものがあり、その上を白とか赤とかいろんな色のかたまりがすごい早さで走り回っているのです。その走りまくるかたまりの中にはこれまた人間が入っているのですが、その音のすさまじいこと、ゴーゴー、ブーブー、私達には気が狂うばかりのうるささでした。そしてその廻りでも沢山の人間が動き廻り、なかにはそれらのかたまりとぶつかって死んだり、けがをしたりする人間もいました。
 皆様、これが人間の住んでいる所の様子であります。人間共はなんと馬鹿げた事をやっているのでしょうか。あの動物は互いに殺し合ったりしているのであります。」

 「そうだ。そうだ。人間は馬鹿だ。」小鳥達はまた一斉に叫び出しました。私はそれを聞いて、私も馬鹿の一人なのかと恥ずかしくなりました。

 「ねえペペ、人間はどのくらいいるの?百匹位?二百匹位?」チッチがまた尋ねました。 「いやいやそんなものじゃないよ。」ペペはこんどは気分良さそうに答えました。
 「皆様、かくも残虐で馬鹿で危険な人間は、あちらといわずこちらといわず、何千何万いやもっともっと数え切れないほどいるのでございます。本当に恐ろしい事であります。」

 「ウヒョー!」と云うどよめきが小鳥達の間に広がりました。

 ペペはますます胸を張って言葉を続けました。
 「その他、人間共の生活には危険がいっぱいなのであります。
 三日目の事でした。私達はモクモクと白い煙や黒い煙を出している不思議な筒がいっぱい立っている所へ行きました。それらの筒はとてつもなく大きく、太く、ここにおられるモミの木さんやカシの木さんの何倍もの大きさでした。」

 「ヒャー!」誰かがびっくりして声を上げましたが、ペペはそのまま話を続けました。 「本当に天まで届くかと思われるほど大きな筒だったのでございます。私達三名はその内の1本のてっぺんまで上ってみる事にいたしました。一生懸命に飛び上がり、やっとそのてっぺんにたどり着いた時です。ピッポが疲れたと言ってその縁に留まった途端、パッと赤い炎が上がり、彼女はその筒の中に落ち込んでしまったのでございます。本当に悪夢のような一瞬でした。何も知らない彼女の命をあっと言う間にその筒は奪ってしまったのであります。でもそれだけではございません。その時私達残った二人も空がぐるぐる回るようなめまいに襲われたのです。私ともう一人リルは目の前が真っ暗になり、息も出来なくなり、まっさかさまに落ちていったのであります。私は一生懸命羽ばたこうといたしました。はるか下方にはそのまま落ちていくリルの姿が一瞬見えました。私は必死でした。必死に羽ばたきました。その時です。私の落ちていく下方に細い枝のような長いものがぼんやりと目に入りました。私は一生懸命羽ばたきながらなんとかその枝のようなものに捕まることが出来ました。それは一瞬の事でした。
 私はこうして助かりました。でもかわいそうなリルは・・・二度と帰って来なかったのです。」

 重苦しい沈黙が続きました。ある者はじっと目をつむり、またある者はじっと空を見上げ、皆は悲しみの底にに浸っていました。その時チッチが涙を流しながら言いました。

 「かわいそうに。とうとう一人になってしまったんだね、ペペ。」
 ペペは静かに、そして次には激しく言いました。

 「そう、そうなのであります。
 皆様、私と共にこの森を出た私達の仲間の五名が、残虐な人間によって殺されたのです。」

 「そうだ。そうだ。人間は残虐だ。」小鳥達はまた叫び出しました。

 ペペは皆が静かになるのを待って、話を続けました。
 「皆様、私はとうとう一人になってしまいました。あの非情な人間の手によって親友達を奪われ、恋人をも奪われ、私は一人になってしまったのでございます。私は悲しみにくれました。止めよう止めよと思えども涙は尽きることなく溢れ出ました。」

 あたりはしーんとして、そこら中からすすり泣きが聞こえてきました。

 「しかし皆様、私には使命がありました。いくら悲しくとも、人間と云う動物を観察して皆様にお伝えしなければならないという大切な使命があったのです。
 私はいくら悲しくてもそれに耐えなければならなかったのです。」

 「よく言ったぞ、ペペ。」わぁっと歓声が上がりました。

 ペペは手を広げ、胸を張ってその歓声が静まるのを待っていました。

 その時私の隠れた茂みの真上で低い声がしました。

 “うんうん、これでやっと本題に入るな。”

 驚いて私は上を見上げました。
 そこには私のすぐ後ろにある菩提樹の枝が延びて来ており、一羽のワシがその枝に腰掛けてさも退屈そうにしておりました。
 私は人間でもそうであるように、鳥によっては反応は違うんだなあと面白く感じました。 目をまた小鳥達の方へ向けるとまだ小鳥達は叫んでいました。ペペも前の姿のままじっとしていました。

 皆が静かになると、ペペはまたゴホンゴホンと二,三度せきをしてから話し出しました。 「ええでは、これから私が観察してきたところの人間と云う動物についてお話し致しましょう。
 何度も言うようですが、人間は馬鹿、残虐、非情、危険、かつ奇妙な動物であります。 馬鹿、残虐、非情、危険であると云う事につきましては、今まで私がご説明致しました事により、皆様にも分かって頂けたと思います。」

 うんうんと小鳥達は頷きました。

 「ですからこれから、人間は奇妙な動物であると云う事についてご説明させて頂こうと思います。
 まず人間の形についてお話致しましょう。
 人間は私達とはまったく違った姿形をしています。どちらかと云えばキッキ氏に大変よく似ておりました。」

 「えっ?俺によく似てるって?」その時木の茂みの間から黒い影が飛び出しました。よく見るとそれはサルでした。

 「ええそうであります。でも人間にはキッキ氏のような毛は生えていませんでした。体中つるつるで、頭の部分だけに毛が生えていた程度です。中には頭にも毛の無い人間もいました。」

 「それは当然だ。」キッキと呼ばれたサルはいばりながら言いました。「そんな野蛮な動物がお俺のような姿をしているはずはない。」

 「でもそのかわり何やら不思議なものを身に着けていました。どう説明したらいいか分かりませんが、いろんな色で、いろんな形で、それも人間によって違うのです。私にはまったく奇妙なもので理解出来ませんでした。またそれを身に着けたり外したりしていたのでございます。まったく無駄な事をやっているものです。
 あっそれから、人間は二本足で立っていました。」

 「えっ?二本足?」皆は聞き返しました。

 「そうであります。人間は二本足で歩いたり走ったりしておるのであります。」ペペは答えました。

 「やはり俺達より下等だ。」それまで黙ってぺぺの話しを聞いていたイノシシのブッブが言いました。

 「しかしながら二本足と云っても人間には二本の手もありました。そしてその手を自由に動かしてものをつかんだり、その他いろんな事をしていたのです。」

 「ヒャー。」キッキが叫びました。「気持ち悪い。ますます俺に似てきた。」

 「いやいや。」ペペは言いました。「二本足で立っていると云うだけで、人間の足はものをつかむことは出来ないのです。」

 「ふぅっ。それを聞いて安心した。野蛮な人間が俺に似ているなんて、考えただけでもぞうっとする。」キッキは本当に安心したように大きなため息をついて、もといた茂みに戻りました。

 ペペはゴホンゴホンと二,三度せきをしてから話しを続けました。

 「ええ、これで人間と云う動物の形は皆様にも大体ご想像出来たと思います。
 本当に人間とは奇妙な動物でございます。」

 「そうだ。そうだ。人間は奇妙だ。」また小鳥達は口々に叫びました。

 その時、私の頭上にいたワシの声が聞こえました。

 “じゃあ俺達はどうかな?”

 小鳥達はまだ騒いでいました。

 ペペは皆が静かになるのを待っていました。
 「ええ、ゴホンゴホン。
 では次に人間の生活についてご説明させて頂きたいと思います。
 私はまず人間の生活について調べるにはどうしたらよいかを考えました。そしていろいろ考えた末、下へ降りてどれか一匹の人間を見張ることに決めました。
 私の決めた人間は、大きさは中位で・・」

 「ねえペペ、人間ってどの位の大きさなの?」チッチが尋ねました。

 「それを今から説明しようとしてるんだ。チッチ、邪魔はしないで。」

 「はあい。」しかられたチッチはお母さんの陰に隠れて小さな声で答えました。

 「ええ、うっかりご説明する事を忘れていましたが、そもそも人間の大きさと云いますとかなり大きなものでありまして、そうですね・・・大体ゴンさんの大きさ位あります。」 「うへえっ!相当大きな動物だなあ。」

 突然大きな声が響きました。皆は一斉に声のした方を見ました。私も思わずそちらを見ると、さっきサルのキッキが出て来た茂みのあたりから、ちょうど私位の大きさの熊が出て来ました。
 さもびっくりしたかのようにブルンブルンと鼻を鳴らせながら、ペペの留まっているカシの木の根本に近寄り、ペペに尋ねました。
 「でもよペペ。そんな大きな動物が一体どんな所で住んでいるんだい?俺達なら穴蔵に住めるけどよ。そんなに数え切れないほどいる人間達が住める所なんてあるのかい?」

 ペペはちょっと迷惑そうな顔をして言いました。
 「それもこれから説明しようとしているんです。ゴンさん、もし私の話を聞きたいならどかに座って黙って聞いていて下さい。」

 「ああ、じゃあそうするよ。」ゴンと呼ばれたその熊はその場にどかりと座り込みました。

 ペペはまたゴホンゴホンとせきをしてから話し出しました。
 「私がその人間を見付けましたのは、夕方になってとてつもなく大きな岩のようなものの一つから大勢の人間が出てきた時でございました。
 みんな大変な勢いで出て来ましたので、私はどれを選ぶか迷ってしまい、とうとうみんな見失ってしまいました。てすがその後、ひょっこりと一匹の人間が出てまいりましたので、私はその人間を観察する事に決めたのでございます。
 その人間はゆっくりと歩きながら、身に着けている変なものの小さな穴に手を突っ込みました。そしてなにやら小さなものを出してそれを口にくわえました。そしてもう一つなにやら出してそれを指で動かしました。するとです、皆様、何が起こったと思います?」 皆はしんとしてペペをみつめていました。

 「火です。皆様、その時火が起こったのでございます。」

 「えっ?火だって?」「火!火!火!火!」皆は口々に叫びました。

 「何と恐ろしい事でしょう。あの危険な人間と云う動物は、火をも自由に扱う事が出来るのです。」ペペはさも恐ろしいと云った声で叫びました。

 「なんて恐ろしい動物なんだ。火を使うなんて。」「もし人間が来たらどうするんだ。俺達じゃ火に勝てっこない。」皆はますます叫び出しました。気の弱い小鳥の中には気を失う者もありました。

 「皆様、お静かに。お静かに。」ペペは一生懸命皆を黙らせようとしましたが、皆はなかなか叫ぶのを止めようとはしませんでした。

 ペペは思いっきり大きな声で叫びました。
 「皆様、もっと驚くことがありましたのですぞ。皆様、お静かに、お静かに。人間が火を使うと云う事よりも、もっと驚く事がありましたのですぞ!」

 皆はやっと静かになりました。そして何事かと云った顔でペペを見つめました。

 ペペは皆が静かになったのを見届けて、またゴホンゴホンとせきをしてから話し出しました。
 「皆様、それは私にとりましても、人間が火を使うと云う事以上に驚かされた事でございます。それまで私は上空を飛んでおりましたし、それと同時に人間の住む所の騒々しさに耳までおかしくなりまして気が付かなかったのでございますが、その時その人間の仲間らしい人間が一匹近づいて何かをしゃべり出した時、私は本当に驚いてしまいました。
 皆様、人間は、人間は私達と同じ言葉を使っていたではありませんか!」

 「ええっ、人間が言葉を?」私達と同じ言葉を?」皆はまた口々に叫び出しました。

 ですが今度はペペはすぐに皆を静めました。そして話しを続けました。
 「皆様、それは本当に心臓が止まるような驚きでした。あの野蛮な人間が私達と同じ言葉を使っているのでございます。
 更に驚いた事には、人間の世界では、木も草も歌を歌わないのです。光りも風も踊りを踊らないのです。そして、私達と同じ鳥達も言葉をしゃべらないのです。」

 「まさか。」その時スズメの一羽が叫びました。

 「そうだ。そうだ。言葉は俺達のものだ。」他の小鳥達も叫びました。

 「でもそれは事実なのです。」ペペは答えました。

 「じゃあ、どうしてなんだい?」他の一羽が尋ねました。

 「それは私にも分かりません。」ペペは答えました。

 「じゃあホーおじさんに聞いてみよう。」他の一羽が言いました。

 皆は手を打って、「そうだ、そうだ、ホーおじさんに聞いてみよう。」と言って一斉に「ホー。ホー。」と叫び出しました。

 その時、私の後ろにある大きな菩提樹の上の方から、「ホー。ホー。」と云う声が聞こえて来ました。私は思わず振り返って上を見上げてみると、ちょうどさっきのワシのとまっている枝の付け根あたりに大きな穴が見えました。どうやらその穴の中からその「ホー。ホー。」と云う声が聞こえてくるようでした。

 「ホーホーホーホー。
 話しは聞いていた。じゃあわしがそれを説明して上げよう。」
 その穴からそんな声が聞こえて来ました。

 皆は、と見ると、皆熱心にその声のする方を見つめていました。

 「ホーホーホーホー。
 質問はどうして人間がわしらと同じ言葉をしゃべり、又、どうして人間の世界はわしらの世界と違うのか、と云う事じゃったな。ホーホーホーホー。」
 その声はまだ続きました。
 「そもそも昔は人間も鳥も獣も、皆同じ言葉をしゃべっていたのじゃ。それに、草木も歌い光りや風も踊っていたのじゃ。じゃが、今はそれが出来ない。何故じゃか分かるかな?」

 皆は黙ったままでした。

 「それはな、禁止されたのじゃ。人間は人間以外の動物が言葉をしゃべる事を禁止してしもうた。人間以外のものが歌ったり踊ったりする事を禁止してしもうたのじゃ。」

 皆はざわめき始めました。一羽の四十雀が飛び上がって叫びました。

 「禁止ですって!ひどいじゃありませんか。一体どこにあの下等な人間に禁止する権利があるんでかすか。」

 他の鳥達も叫び出しました。

 「そうだそうだ。人間にはそんな権利は無い。」「俺達よりも人間が偉いなんて事は絶対に無い。」「俺達が一番偉いのだ。」

 それはもう大変な騒ぎでした。

 その時また私の頭上で例のワシが低くつぶやくのが聞こえました。

 “どっちもどっちさ。みんな同じさ。”

 鳥達は相変わらず騒いでおりました。

 「お静かに。お静かに。皆様、お静かに。」
 ペペは皆を黙らせました。そしてホーホーと声のする方を向いてこう言いました。
 「でもホーおじさん、私達は言葉をしゃべれますよ。」

 ホーおじさんと呼ばれたその声は答えました。
 「ホーホーホーホー。
 それはじゃな、わしらはずうっと昔からこの森から出ずにここにおるからじゃよ。じゃからわしらはわしらを守る事が出来たのじゃ。
 じゃが一度ここから飛び出したり、又、他の者がここに入って来たりしたら、この世界はお終いじゃよ。
 お終いじゃ。なにもかもお終いじゃよ。
 ホーホーホーホー。」
 だんだんとその声は小さくなり、ついには聞こえなくなってしまいました。

 聞こえなくなってしまうと、急に重苦しい沈黙が広がりました。私はなぜか心配になり鳥達の方を振り返りました。
 さっきまで叫んだりしていた鳥達は、皆黙り込んでしまっていました。或る者はじっと目をつむり、また或る者は下を向いたままで、さっきまでの騒ぎはまるで嘘のようでした。 ペペは、と見てみると、何かその雰囲気に飲み込まれたかのように、しゃべる事が出来ず口をもごもごとさせているだけでした。
 長い沈黙が続きました。私は誰かが何かをしゃべり出すのを息を詰めて待っていました。 本当に長い沈黙でした。

 まず最初に口を開いたのは一匹のスズメでした。
 「だからホーおじさんは、ペペ達が人間の世界へ行くのに反対したんだな。」
 そうつぶやいて、チッチッとさえずりながら飛び去って行きました。
 他の鳥達もぶつぶつとつぶやきながら、一羽一羽と次第に散って行きました。
 「やっぱりホーおじさんの言うとおりにしたら良かったんだ。」
 「人間の世界なんて知っても俺達には関係無かったんだ。」
 「大体ペヘがいけないんだ。ホーおじさんの言う事を聞かずに飛び出したんだから。」 「俺は知らないよ。もともと俺はペペの考えに賛成しなかったんだから。」
 だんだんと鳥達の数は減って来ました。

 それまでペペは黙って口をもごもごさせていたのですが、やっとしゃべる事が出来るようになったらしく、大声でしゃべり出しました。
 「皆様、お待ち下さい。去って行かないで私の話を聞いて下さい。
 確かにホーおじさんはああ言いましたけれど、しかし、どうです。私達は今言葉をしゃべっているではありませんか。どうして私達が言葉を忘れる事がありましょうか。
 皆様、待って下さい。もっとよく話し合いましょう。私達の生活をより楽しくするために話し合いましょう。
 人間は馬鹿です。残虐です。危険です。どうしてそんな人間に私達が従わなければいけないのですか。
 皆様、私達が最も優秀なのです。
 皆様、今までの元気はどうしたのですか。
 話し合いましょう。人間の馬鹿さについて。そして私達のこれからについて。私は人間の世界へ行っていろんな事を知り、いろんな事を学んで来ました。私なら皆様にいろいろな事をお教えする事が出来ます。
 皆様、行かないでここに残って下さい。」

 しかし、ペペがそうしゃべった時には、ペペと、メジロの親子と、そして私の頭上のワシしか残っていませんでした。

 「ねえお母さん、ペペなんだかかわいそうだね。でも僕、今日のペペはそんなに好きじゃないよ。
 人間の世界へ行く前のペペってやさしくってお兄さんのようだったよ。だから僕好きだったんだ。
 でも帰って来て急に偉くなったみたい。そんなペペって好きじゃないよ。」
 チッチはお母さんにそうつぶやきました。お母さんメジロは何も言わずにチッチを連れて飛び去って行きました。

 あと残ったのはペペとワシの2羽だけでした。

 ペペはうなだれてじっとしていました。

 “ふんふん。皆同じさ。

 ふんふん。馬鹿で、残酷で、奇妙さ。

 ふんふん。”

 私の頭上にいたワシはそう言って、バサバサと大きな音を立てて飛び去って行きました。 あとに残ったのはペペだけでした。

 ペペは相変わらずうなだれたままじっとしていました。
 そんなペペの姿を見ていると、私はとてもかわいそうに思いましたが、私にはどうする事も出来ず、じっとペペの姿を見守っていました。
 突然ペペは顔を上げ空を見上げました。そしていきなりパッと飛び立ち、青い空をめがけ一直線に上へ上へと上って行き、とうとう私には見えなくなってしまいました。
 あとそこに残されたものは、森の静寂と、ペヘが飛び立つ時に落として行った彼の羽根が一本だけでした。

 私は立ち上がり周りを見回しました。
 ですがそこにあるものは、静まりかえった森でしかありませんでした。
 私は、ペペは一体どこへ行ったのだろうか、そして他の鳥達もどこへ行ってしまったのだろうかと思いながらもそこを去って行きました。

 その森から抜け出るあたりにさしかかった時、背後の方から「ホーホー」と云う鳴き声が聞こえて来ました。それはさっきのホーおじさんの声であるようでもあり、また違ったものの鳴き声でもあるようでした。

 その声は静まりかえった森中に響き渡り、いつまでも絶える事無くつづいておりました。

 

                       < 完 >